| — | 強面の社長が教えてくれた人たらしテク | Commte.net - コムテ (via otsune) |
思考は記憶です。
記憶は収集蓄積された反応ですから
思考がどんなに自身を自由だと想像しても
それはいつでも条件づけられています。
思考は機械的で、
それ自身の知識の中心に繋がれています。
思考の活動範囲は知識に依存します。
知識は、いつも過去の残滓であり、
過ぎ去った活動の残滓です。
思考は、自身を未来に投影できますが、
過去に繋げられています。
思考はそれ自身の牢獄を作り
その牢獄が未来的であろうと、
過去のものであろうと
飾り立てられたものであろうと、
質素なものであろうと
その中に住みます。
思考は決して静まりません。
それは、本性上、
休むことなく、
いつも右往左往しています。
思考装置は、騒々しくても、穏やかでも、
表面上でも、表面下でも、
絶えず活動しています。
それは、自身をすり減らすことができません。
思考は、それ自身を洗練させることができます。
それは、その彷徨をコントロールすることができます。
それは、それ自身の方向を取捨選択したり
環境に順応したりできます。
思考は、自身を超えることができません。
それは、
狭い領域や広い領域で機能するかもしれませんが
いつも記憶の範囲内でしょう。
記憶には限りがあります。
記憶は、心理的、内面的に
死ななければなりませんが
外面的にだけは機能しなければなりません。
内面的には死がなければなりませんが
外面的には、あらゆる挑戦と
反応に鋭敏でなくてはなりません。
思考の内面的な関与が行動を妨げます。
| — | クリシュナムルティ (via pandarvision) |
鴻上尚史「成人するあなたへ」
本物の孤独と出会おう
成人、おめでとう。でも大人とはなんでしょう。賢いあなたは、年を重ねることと、大人になることは何の関係もないと見抜いているんじゃないですか?
あなたの周りには、二十歳をとうに過ぎているのに、少しも大人じゃない人が何人もいるはずです。
大人と子供の違いはなんでしょう。二十歳を過ぎると、実にやっかいな問題にぶつかります。解決不可能な、どちらの結論を選んでも、間違っているんじゃなかと思えるような、正しい解決策が見えない課題です。
でも、人生の問題とはそういうものです。大学入試まで、子供は「問題には必ず正解がある」と思い込まされていますが、もともと、人生の問題には、完全に正しい解答なんてありません。
そういう時、子供は、自分で考えることをやめて、親や誰かのアドバイスや言いつけに従います。そうすれば楽ですし、責任も生まれません。子供とは、いつも誰かに手を引いてもらっている存在なのです。
そして、二十歳を過ぎてもそうしている人は、絶対に孤独になりません。
成人式でお酒を飲んで暴れている若者が、毎年話題になりますが、彼らは、本当の意味で一度も孤独になったことがない人達だと思います。
孤独には、「本物の孤独」と「偽物の孤独」があります。
一週間、誰とも話さなかったから孤独なのではありません。
誰とも話さなくても、メールをやりとりし、インターネットで会話していれば、孤独ではありません。
孤独とは、「一人で自分と向き合う」ことです。例えば、あなたがすてきなアドバイスを受けたり、役に立つ本を読んだりしても、一人でかみし める時間がなければ、それはあなたのものにはなりません。今聞いた役に立つ情報を、右から左に伝えるだけでは、あなたのものになっていないのです。
二十歳を過ぎて出会う解決不可能な問題は、親に判断を任せない限り、自分で解決するしかありません。が、「偽物の孤独」しか経験していない人は、アドバイスしてくれる人を求めて、ウロウロさまようのです。
ただ、「本物の孤独」の時間が、うんうんとうなりながら問題に取り組むことができるのです。
もし「本物の孤独」を経験したいと思ったら、あなたは、携帯電話の電源を切り、パソコンやテレビから離れて、あなただけの時間を持つ必要があります。その時間が長ければ長いほど、あなたは「本物の孤独」と出会い、自分自身と会話を始められるのです。
「本物の孤独」はしんどいですが、あなたに暗闇を進んでいく勇気をくれます。終わりが明確でない暗闇を一歩一歩、歩く時、あなたは初めて大人になるのです。(作家・演出家)
こうかみ・しょうじ 1958年新居浜市生まれ。早稲田大在学中に劇団第三舞台を結成。95寝ん、「スナフキンの手紙」で岸田国士戯曲賞を受賞。現在、
「KOKAMI@network」と、「虚構の劇団」を中心に活動。
--鴻上尚史「成人するあなたへ」、『愛媛新聞』2012年1月9日(月)付。
覚え書:鴻上尚史「成人するあなたへ」、『愛媛新聞』2012年1月9日(月)付。 - Essais d’herméneutique
347 名前:名無しさん@英語勉強中[sage] 投稿日:2010/06/04(金) 23:34:44
find out と realize と notice
どれも気付くという意味ですが使い分けを教えてください。
例えば
ゲイだということを姉に気付かれた
という場合はどれになるんですか?
348 名前:名無しさん@英語勉強中[sage] 投稿日:2010/06/04(金) 23:57:41
»347
> find out
「この野郎、ノンケのふりしてるけど怪しい。いつか尻尾をつかんでやるぞ」
と調べていた姉に、ついにばれてしまった
> realize
「姉ちゃん、俺バリホモなんだよ」と言っても冗談だと思っていた姉に
男と真っ最中の現場を見られてついに納得された
> notice
アドンやサムソンが本棚にギッシリだったので、ごく普通に「ふーん」と
思われて気づかれた
こんな感じでは?
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使い分け 続・妄想的日常 (via gkojax) (via konishiroku) (via saitamanodoruji) (via yaruo, mcsgsym) 2010-06-07 (via gkojay) (via konishiroku) (via x-117) (via non117) (via jyamil) (via aobouzu) (via wideangle) (via ukar) (via motomocomo) |
人はミスするのが当たり前。ミスは叱るものではなくて、ミスはチームでカバーするもの。
笑う人には余裕があります。
親でも社員でも
「もともと人はミスをする前提で動く」
「ミスはマイナスでもぐちぐち叱る時間よりすぐ取り返す行動や対策に移る」
「みんなに平等は求めず、笑いを求め、個人それぞれのベストが伸びればチーム全体の結果が伸びる」
「そのときのベストを尽くせば完璧でなくてもOK。それでできないならやり方を変える。」
「ジュースをこぼしたらもう終わりじゃない、商品を倒したらもう終わりじゃない。
そこから自分たちがどう動くかがむしろチーム力の発揮しどころ。」
そのバイトで僕らはミスしたら
すぐさまその場でコンテニューして
誰かがカバーできないかとか別の手をうつだけなのに、
叱る社員はそこでゲームオーバーにして
また最初からノーミスでやり直しだとかいうから
無駄に落ち込みますし、モチベーションも相当下がってました。
もちろん、子供が悪いことしたり、店員が犯罪をしたら叱るのは当然です。
しかし、子どもが善意でうごいて失敗したり、
店員が一生懸命働いた末のミスを叱るというのはデメリットのような気がします。*1
| — | ジュースこぼしちゃった - teruyastarはかく語りき (via hepton-rk) |
『自分が美しいと思うものを取り入れたい』
と、よく話してくれたような気がする。
美しい言葉遣い、美しい姿勢、美しい小物、美しい装い。
そういうものを意識して実行していった友人は、今はとても美しい雰囲気を
身に着けて、今は結婚して子ももうけている。
彼女が脱喪を決意してるのを『そんな似合わない物、持っても笑われるだけ』とか
『あんな格好して、似合うと思ってるんだろうか?って思われるのが関の山』とか
別に彼女が喪女を否定した訳じゃないのに、意地悪を言っていて不思議だった。
| — | 喪女人生で学んだことを喪女から喪女へ一言 (via otsune) |



